9月5日(日)礼拝説教全文
「永遠の命を持っている」 ヨハネの手紙Ⅰ 5:13~21
召天者記念礼拝
召天者記念礼拝において、主の御許に召された方々、兄弟姉妹を覚えましょう。
私たちの国籍は天にあります。私たちの名は天に記されています。世の終わり、主の再臨のその日、主イエス・キリストが私たちの名を呼んでくださいます。このお方のご権威によって、その時、瞬く間に一瞬にして私たちは、新しい復活のからだによみがえります。
礼拝の中で、ヨハネの手紙第一を読んで来ましたが、本日はその最後となります。
これはヨハネが晩年、イエスの一番身近にいた弟子として、キリストの教会の兄弟姉妹に書き送った手紙です。彼のライフメッセージは「きょうだいしまい、互いに愛し合っていますか」であったと言われています。きょうだいしまいが互いに愛し合う。その礎とであるイエスの愛、父なる神の愛、神との交わりを与える聖霊の力強い働きが語られています。
ヨハネによる福音書の最後にも「これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じて、イエスの名によって命を得るためである。」(ヨハネ20:31)と記されていますが、この手紙の最後も「神の子の名を信じるあなたがたに、これらのことを書いたのは、あなたがたが永遠の命を持っていることを知って欲しいからです。」(:13)と書いています。今日このみことばを聞く者たちも知って下さい。イエスを信じる者、そのあなたは永遠の命を持っています。しかし、イエスを受け入れない者は、その命を持っていません。罪と死の定めの中にそのままとどまっています。
1、永遠の命(:13)
ここまでヨハネの手紙で語られてきた「永遠の命」とは何でしょうか。「永遠の命」という表現は、時間が永遠に続く、いつまでも続いていく死ぬことのない命のように聞こえます。こんなに辛い人生が永遠に続くのならそんな命はいらないという人もいるかも知れません。しかし、聖書の、私たちが得るべき永遠の命とは、時間の永遠を示しているのではありません。私たちは自分自身を観察しても、周りを見ても「永遠の命」とは無縁の者です。人は必ず死にます。キリスト者になっても必ず、この肉体は朽ち果てます。しかし、私たちキリスト者は、この朽ち果てる肉体に「新しい命」「永遠の命」を持っています。それは、イエスを信じ、キリストに結ばれている故の命です。ヨハネは彼の手紙でも福音書でも、「神の内(中)に、イエスの内にとどまりなさい。そうすれば、神が、イエスがあなたがたの内にとどまってくださいます」という表現を何度も繰り返しています。それは、繋がっていること、結ばれていることを意味します。
イエス・キリストを信じるというのは、キリストに結ばれている人生であります。イエス・キリストの神の愛が、恵みが、力が、キリストと繋がることにより、私たちの心に、人生に流れ込んで来ます。そして、神の御子イエス・キリストに結ばれている者は、決して死ぬことがありません。何故ならば、神の新しい命が私たちに流れ込んで来ているからです。
永遠の命とは、キリストに結ばれている命です。
そして、初穂としてキリストがよみがえられたように、キリストに結ばれた者も、死んでも生きます。
2、祈りなさい(:14~15)
祈りは神と私たちとのパイプライン。
何事でも、神に願いを聞いていただきなさいとヨハネは勧めます。それは神への祈りであり、交わりです。神は私たちの願いに御心をもって応えてくださいます。神に願ったことは、必ずかなえられます。応えられます。それは私たちの願ったその通りであるか、あるいは、必ずしも同じでないかも知れません。しかし、全ての答えを神に私たちは委ねることができます。神は祈る私たちに最善を為して下さいます。神に聞いていただいた私たちには平安があります。
きょうだいの為に祈りなさい(:16~17)
きょうだいを愛するということは、きょうだいの為に祈ることです。特に、互いの信仰生活の為に祈るべきです。最後まで信仰の道のり、救いの道を走り抜くことができるように、互いの為に祈るのです。キリストにあるきょうだいしまいの病の回復や、家族や、様々な課題の為に祈ることもそうですが、特に、その信仰の為に祈るべきです。
私は、教会の兄弟姉妹の健康や仕事、家庭の祝福の為にも祈りますが、特に、教会員一同が、高齢の者から幼子に至るまで、私たちの主イエス・キリストから離れないで、キリストに繋がって、キリストと共に歩む事が出来るようにお祈りしています。
私たちの信仰生活は神の恵み、聖霊の助けによって支えられますが、キリストにあるきょうだいしまいの祈り、助け、支えは決して小さなものではないと知って下さい。
3、神の内に、キリストの内にとどまり続けなさい(:18~20)
「世」は神を知りません。真の、愛の神の支配ではなく、違った者の支配下にあります。(それでも「世」は神のものですが。)しかし、神の御子イエス・キリストが来て下さって、真の神を知りました。私たちは父なる神、御子イエス・キリストとの交わりの中におり、その内にいます。それがキリスト者です。
イエス・キリストこそ、真実な神であり、永遠の命です。
私たちは御子を持っています。御子を持つ者は永遠の命を持っています。
付記 「子たちよ、偶像から身を守りなさい。」(:21)
ヨハネは最後に、ローマ帝国の支配の中にあって、ヘレニズム文化、ギリシアの神々の神殿、偶像の影響が強いヨーロッパの中で、偶像、偶像礼拝を避けることを警告しています。私たち日本の社会も似ています。神に反する「世」の影響力は、形あるものも、ないものの偶像です。目を覚ましていましょう。
勝田台キリスト教会の「きょうだいしまい」が、キリストの愛をしっかりと受け止め続け、互いに愛し合うという戒めに生きる事ができますように。教会がまさに、キリストのからだであり、わたしたちがその肢体であり、その麗しさを経験できますように。
今、コロナ禍の中にあって、あなたの「きょうだい愛」が試される時です。言葉や口先だけでなく、行いと真実をもって互いに愛し合いましょう。
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