1月22日(日)礼拝説教全文
「顔と顔を合わせて」 出エジプト記33:7~11
元旦の礼拝で「キリストを着る365日」という説教題でメッセージをいたしましたが、皆さん、キリストをしっかりと着て、毎日をスタートしていますか。
先週は出エジプト記から、主が、神の山ホレブから約束の地カナンへ出発せよと言われる箇所を読みました。「(しかし、)約束の地は与えるが、私は共に行かない。それはあなたがたがかたくなな民で、私が途中であなたがたを滅ぼしてしまわないためだ」という内容でした。
モーセもイスラエルの民も落胆し、嘆き悲しみ、身に付けていた飾り物を体から外します。神である主の言われる言葉に、衣服を引き裂いて、灰をかぶって悔い改めなければならない状況であったでしょう。
モーセは「私は共に行かない」と言われる主のおこころを思い直して頂くために神に必死に願います。その内容については、本日の箇所の後の33章12節~34章と続きます。
モーセは山に登って何度も主と会見したことは、これまでも見てきました。又、これからホレブの山を出発する民のために、主が「共に住む」と言われた幕屋建設の指示の記事も読んできました。
ところで、本日の聖書箇所7節~11節は、まだ主が命じられた幕屋の建設は始まっていませんので、モーセの天幕・幕屋はもっと簡易的な別の天幕であることがわかります。主が建設を命じられた幕屋は、宿営の真ん中に建てられるものです。
モーセは山に登って主と会見すると共に(34章では山に登って主と会見します)、天幕を宿営の外の離れた所に張って「会見の幕屋」と名付け、そこで「主に尋ねて」いたことがわかります。主の命じられる幕屋建設までの「仮の幕屋」と言いましょうか「仮の会見の天幕」です。主の命じられた幕屋が完成すれば、そこが正式の「会見の幕屋」となります。
この「会見の天幕」は、宿営の外に張られています。
イエスは、民衆や、又時には弟子たちとも「離れて、ひとり寂しいところで祈っておられた」(マルコ1:35)とありますが、宿営の繁雑・多忙な日常生活から離れた場所にモーセが幕屋を張ったのは、イエス様の御思いと同じような意味があると思います。神である主との深い交わりは、喧騒の中ではできません。細き主の御声に耳を傾けるためには「静まって知る」「戸を閉じて祈る」必要があります。皆さんは、そのような場所・時間を持っていますか。
デボーション(静思の時)、主との深く交わる為に場所を確保する。それがモーセにとって、この宿営から離れた「会見の天幕・幕屋」であったことがわかります。
「WAR ROOM」日本語題「祈りの力」という映画をご覧になられたでしょうか。
主人公の女性は、一見裕福で幸せそうな家族ですが、実は夫婦間に大きな問題を抱えています。ある老婦人の勧めで、祈りの部屋「戦いの部屋」を持つことを勧められ、大きなクローゼット(洋服ダンス)を整理して、彼女はそこで祈り始めます。そして次々と不思議な神様の祝福を経験していくという物語です。
モーセにとって、会見の幕屋は「WAR ROOM」であったと思います。神と深く交わり、民の為に執り成し、祈り願う場であったでしょう。
* ある兄弟が、押入れを整理して、神とのプライベートな交わりの場所を確保していた証し
今自宅礼拝も行われていますが、教会に集うことのできない方(健康上の理由で)が時間を共にして礼拝できるようになったことは感謝ですが、自宅・宿営から離れ、日常生活から離れて、自分の所有物に囲まれた場所から離れて、ただ主に向き合う為に教会に集うことは大事なことです。
私たちは誰か人に会いに来ているのではなく、「主に会う」為に、共に教会に集っています。
モーセが主に会見する様子はこのようなものです。
モーセが主との会見の為に宿営の外の天幕に向かいます。イスラエルの民も、モーセが天幕に入るまで、自分の天幕から出てモーセを見送ります。モーセが天幕に入ると、雲の柱が天幕の入り口に降り立ちます。それを見て、民は主がモーセと語られることを知ります。天幕の入り口に雲の柱が降り立つと、イスラエル民はその場でひれ伏しました。後に、主が宿営の真ん中に建設を命じられた幕屋が「会見の幕屋」となります。
神である主は、そこでモーセと語られます。
「主は、人が友と語るように、顔と顔を合わせて(合わせるように)」モーセに語られました。
創造者にして全能の神が、人が友と語るように、顔と顔を合わせて語られる、とは何と驚くべきことかと思わされます。私も、主とそのような交わりを持ちたいと願います。
聖書に記録されている偉大な、どの預言者も、王も、伝道者も、また、歴史の中で私たちが手本とする主に用いられた人々も、必ず、このプライベートな主との交わりの時間をたっぷりと持っています。
中国奥地へ宣教師として赴いたハドソン・テーラーの有名な言葉は、「私の祈る姿を見ることなしに、中国の地に太陽が上がったことはない」とあります。
なんと私たちの日常生活は、忙しくせわしないものでしょうか。ある男性が、「私は、教会におられるお年寄りのように、毎週日曜日教会に行ける程暇ではない」と言っておられました。その方は社会的に地位のあるクリスチャンです。「暇ができたら教会へ行くのでしょうか。」と、私の胸のここまで言葉が出てきました。言いませんでしたが。
「私は自分の用事で忙しくて、聖書を開いたり、お祈りしたりする時間がありません。」そうでしょうか。
もちろん、義務やお勤めで、律法的にただの習慣的にするのであれば、それもある意味では大事で、無意味ではないかも知れませんが、「人が友と語るように、顔と顔を合わせて」という神との交わりとは遠いものです。
私は、この勝田台教会の兄弟姉妹の皆様が、私はこのような主との豊かな交わりがありました、という喜びを味わい、その証しを聞きたいと願っています。
* 役員の働きをお願いして
最後に、11節の終わりですが、モーセが宿営に帰っても、彼の従者である若者、ヌンの子ヨシュアは天幕を離れなかったとあります。以前、モーセがホレブの山に登った時も、彼は40日間、山の中腹でモーセを待っていました。モーセに引っ付いて離れないヨシュアの姿を見ます。この姿を見ますと、預言者エリヤから、祝福を継承するまで離れないエリシャを思い起こします。ヨシュアもエリシャも、「私もモーセのような、主との深い交わりに与りたい」と願っている若者です。若い人たちは、私たちがどのように主との深い交わりを持っているのか見ています。
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